運動会や体育祭の競技種目に「騎馬戦」があります。以前は多くの学校で行われていた競技ですが、昨今では安全面を重視して取りやめるところも増えてきています。
一方、まだ実施している学校もあり、競技中に重大な後遺症が生じる事故や死亡事故などが起きた場合、どうなるのか懸念する保護者の方もいらっしゃるでしょう。
今回は、騎馬戦での負傷・後遺症・死亡事故が発生した場合の学校側の責任と請求できる損害項目などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
スポーツ庁委託事業として調査された「体育的行事における事故防止事例集」では、体育的行事(運動会・体育祭)中の災害発生状況を、以下のようにまとめています。
参考:「平成28年度スポーツ庁委託事業 体育的行事における事故防止事例集」(独立行政法人日本スポーツ振興センター)
統計上、騎馬戦を含む対戦型種目の事故発生率は全体の2割ほどで、リスクの高い競技として認知されており、安全面を考慮して騎馬戦を体育的行事から除外する学校も増えてきています。
また、対戦型の種目とは異なりますが、過去の事例で、組体操の「騎馬」に参加した生徒が運動会の2日後に死亡し、遺族が訴えを起こした(広島地方裁判所・棄却)ケースもあります。
こうした風潮の中で騎馬戦を実施し、事故が発生した場合、開催した学校の責任は重いといえるでしょう。
運動会や体育祭の競技の中には騎馬戦のような怪我のリスクが高い競技が含まれています。以下では、騎馬戦や組体操により重篤な障害を負った事例を紹介します。
Aは、福岡県立高校の生徒で体育祭の騎馬戦に騎手として参加していました。しかし、競技中に騎馬から落下して負傷し、第7頸椎以下完全麻痺という重篤な障害を負うこととなりました。
本件騎馬戦は、騎馬が崩れたときまたは騎手が落馬したときに負けとなるルールだったため、騎馬の崩落や騎手の落馬といった事態が発生する蓋然性が極めて高い競技でした。しかし、実際に落下する生徒は、このような事態に対処する経験を十分に積んでいませんでした。
そこで、Aは、騎馬戦で落下し、重篤な障害を負ったのは県の安全配慮義務違反および学校長の過失によるものであると主張し、治療費などの損害賠償の支払いを求めて訴えを提起しました。
【裁判所の判断】
本件裁判では、被告の安全配慮義務違反の内容として「事前の安全指導」「審判員の配置」の2点が主な争点となりました。
裁判所は、それぞれの争点について、以下のように判断し、被告である県の安全配慮義務違反を認定し、約2億円の賠償金の支払いを命じました。
Bは、福岡県立高校の生徒で、体育大会に向けた授業の一環として組体操の練習をしていました。
Bは、別の生徒に肩車をしてもらい組体操の練習をしていたところ、畳の上に落下し首を強打してしまい、第5頚椎脱臼骨折の怪我をしてしまいました。この怪我によりBは、両上肢機能の著しい障害や両下肢機能全廃といった重篤な障害を負うこととなりました。
Bは、組体操中の落下事故は、教員の過失によるものであるとして、高校を設置する県に対して、損害賠償の支払いを求める訴えを提起しました。
【裁判所の判断】
裁判では、教師らの注意義務違反(過失)の有無が争点となりましたが、証拠関係から教員らには以下のような注意義務違反があると認定し、被告に対し、約1500万円の賠償金の支払いを命じました。
ただし、練習中の転落に関してBにも過失があったとして、7割の過失相殺が行われています。
騎馬戦の事故によるケガや後遺症に対しては、以下、7つの損害賠償を請求することができます。
騎馬戦の事故によりケガをした場合、病院での治療を受けることになりますが、その際の治療費や入院費などは必要かつ相当な範囲の実費が損害として認められます。
騎馬戦によるケガで入院することになった場合、本人の年齢やケガの程度によっては近親者の付き添いが必要になることがあります。
近親者が入院の付添をした場合、医師の指示によるものであれば入院付添費を請求することが可能です。また、ケガをしたのが小学生の児童だと、身の回りのことを一人でできないこともあるため、医師の指示がなくても入院付添費を請求できるケースがあります。
入院雑費とは、入院中に必要な日用品の購入費(歯ブラシ、洗面具、寝具、ティッシュなど)、通信費(電話代、切手代など)、栄養費、テレビカード代などの費用の総称です。
実務では、入院雑費の金額は定額化されており、1日あたり1500円程度が相場になります。
入通院慰謝料とは、騎馬戦によるケガで入院や通院を余儀なくされたことによる精神的苦痛に対して支払われる慰謝料です。
精神的苦痛の程度は被害者によってさまざまであり、被害者の感じ方を金銭的に評価するのは難しいため、実務では、入通院期間や入通院日数などに応じて入通院慰謝料の金額を算定するのが一般的です。
後遺障害慰謝料とは、騎馬戦によるケガが完治せず、何らかの障害が残ってしまった場合に支払われる慰謝料です。
騎馬戦のような学校事故により後遺障害が生じたときは、独立行政法人日本スポーツ振興センターに後遺障害等級認定の申請をすることで、症状に応じた後遺障害等級認定を受けることができます。後遺障害等級は1級から14級まで定められていて、認定されて等級に応じた慰謝料を請求することができます。
後遺障害逸失利益とは、騎馬戦により後遺障害が生じた場合に、その障害によって将来得られたはずの収入の減少または喪失に対して支払われる賠償金です。後遺障害が生じると労働能力の低下が生じ、収入の減少が生じる可能性があるため、それを補償するのが後遺障害逸失利益になります。
後遺障害逸失利益は、以下のような計算式により算出します。
騎馬戦に参加するのは学生ですので現実の収入がありませんが、原則として「賃金センサス(厚労省が公表している平均賃金統計)」の学歴計・男女別年齢平均賃金が用いられます。
また、労働能力喪失期間は、18歳から67歳までの期間となります。
騎馬戦によりケガや後遺症が生じたときは、上記の損害賠償だけではなく、事故発生の責任がある学校側に対して、謝罪や再発防止策の提案などを求めることができます。
弁護士に依頼すれば、訴訟に至らなくても、誠実な謝罪や再発防止策の提案などを学校側にしてもらえるよう働きかけることが可能です。
騎馬戦による事故で死亡してしまった場合、以下のような損害を請求することができます。
死亡慰謝料とは、騎馬戦による事故で死亡させられたことによる精神的苦痛に対して支払われる慰謝料です。死亡慰謝料は、亡くなった被害者自身の慰謝料だけでなく、被害者の遺族にも独自の慰謝料請求権が認められています。騎馬戦による死亡事故での死亡慰謝料相場は、2000~2500万円程度になります。
死亡逸失利益とは、騎馬戦による事故で死亡した児童・生徒が生きていたとすれば将来得られたはずの収入をいいます。
死亡逸失利益は、以下のような計算式により算出します。
なお、基礎収入や就労可能年数の考え方は、後遺障害逸失利益の場合と同様です。
騎馬戦による事故で亡くなった場合、葬儀を執り行うことになりますが、その際の葬儀費用についても損害として請求することができます。葬儀費用には、葬式にかかる費用だけでなく火葬・埋葬料、花代、墓石代なども含まれます。
参考
学校での問題・トラブルの
法律相談予約はこちら
騎馬戦などの対戦型の種目は、体育的行事の中でも事故件数の多い類型の競技であり、ケガのリスクが非常に高いといえます。騎馬戦を実施する際には、学校側には安全指導や指導員の配置などの安全配慮義務がありますので、そのような義務に違反して児童・生徒がケガをしたときは、学校側に対して損害賠償請求ができる可能性があります。
もっとも、学校側を相手に個人で損害賠償請求の手続きをするのは負担が大きいため、弁護士に依頼するのがおすすめです。弁護士は、学校との交渉や法的手続きを代理で行い、保護者の精神的な負担を軽減します。
騎馬戦による事故で子どもが重篤なケガを負った際は、学校問題専門チームのあるベリーベスト法律事務所まで、まずはご相談ください。
ベリーベスト法律事務所
パートナー弁護士
米澤 弘文
所属:東京弁護士会 登録番号:53503
学校問題専門チームのリーダーとして、いじめや退学、事故など、学校・保育園・幼稚園等の管理下で発生する問題に幅広く対応。
東京弁護士会「子どもの人権110番」では長年にわたり相談業務に従事しているほか、ラジオやWEBメディアを通じて学校トラブルに関する情報発信にも力を注ぐ。
学校での問題・トラブルの
法律相談予約はこちら